こんにちは。布施淳です。

 

トミックがテニスをやめちゃうのは勿体ない

先日、こんな記事を見かけ、仲間内で少し話題になりました。

飽きてしまった」トミック、テニスへのモチベーション喪失を告白

細かいことはさておき、要は、将来有望の24歳のプロテニスプレーヤー であるバーナード・トミックが、テニスに情熱を感じなくなった、という話題です。

自分の周囲の人たちの意見は、「やめるべきではない」とか、「考え直した方が良い」「もったいない」とか、様々ですが、多くはテニスを続けた方が良いという意見だったように思います。これまで投資してきた、積み重ねてきた、努力の賜物が今の地位ですから、当然といえば当然の意見。

 

トミック=プロテニスプレーヤーなのか

でも、考えようによっては、「バーナード・トミック=プロテニスプレヤー」と思うから、やめることは全てを失うこと、、と感じられて、もったいないと思うし、結果、やめるべきではないと思ってしまうのです。

「バーナード・トミックは、24歳の青年です。今はテニスをしています。」と考えたらどうでしょう。24歳、若いやん!飽きたら、テニスやめて、やりたいことやればええやん。テニスで一流になれる人は、他のことやってものし上がっていけそう!

打ち込んでいたことに情熱を失うことは、辛いことかもしれませんが、それ以上に、情熱、モチベーションがなくなったことをやり続けることは、もっと辛いことです。サクッとやめて、またやりたくなったらやれば良いのです。

 

所属ありきの自分

以前、日本人は自己紹介するときに、まず、所属を言うとの話をしました。

自己紹介時にまず言うことは何ですか?

「◯◯大学の山田です」

「◯◯会社の佐藤です」

「◯◯病院の田中です」

個人の前に、所属ありきなのです。

自分も、多くの場面で、布施淳の前に、「◯◯病院の、、、」と所属する病院を言うことがあります。

「布施淳」である前に、「◯◯病院の医師」なのです。

 

他者に対しても職業ありきの視点で見がち

以前、ポジティブ心理学の講習に参加していた頃、よく言われたのが「内科の先生にポジティブ心理学って必要なのですか?」という類の問いです。

ストレングスファインダーの講習に行ったときには、「内科の先生はどのようにストレングスファインダーを活用するのですか?」

言われた時は、なんとも思いませんでしたが、布施淳である前に、内科医と思われているとも解釈できます。

良いとか悪いとかではありませんが、どうしても、我々は職業ありきの視点で、他人を見てしまいます。

安倍晋三は、「安倍晋三」である前に「首相」として見てしまいます。

小池百合子は、「小池百合子」である前に「都知事」として見てしまいます。

 

「職業」の概念が変わってきている、その前に僕らの視点を変えよう

職業という概念が少しづつ変わっていき、様々な仕事が消滅し、副業が当たり前になり、あるいは本職という概念も薄れていくことでしょう。「職業」というフレームを通して人を見がちな視点も変化させていかなければいけないと思います。他者のみならず、もちろん、自分に対してもです。

トミックは、トミックです。プロテニスプレヤーの前に、トミックなのです。

布施淳は、布施淳です。医師の前に、布施淳なのです。

安倍晋三は、安倍晋三です。首相の前に、安倍晋三なのです。

小池百合子は、小池百合子です。都知事の前に、小池百合子なのです。

 

所属や仕事や肩書きを感じさせない人

時代を先んじている人の良い例は、例えば、北野武は、北野武です。堀江貴文は、堀江貴文です。と、僕は思っています。恐らく、多くの人も、そしてご自身も、彼ら(ご自身)の所属とか、職業とか、よくわからないと思います。

好きなこと、やりたいことを徹底的に追及し、何でもやることを憚らない。やりたいことを全てやって、いろいろすぎて職業がなんだかわからないような人は、自由な生きかたをしているし、いつもワクワクしているみたいだし、自己ブランドを確立しています。このようなスタイルの生き方が、今後スタンダードになるような気もします。