おはようございます。布施淳です。

時間割引率の高い人や好ましくない生活習慣を続けている中年患者が搬送されてくる一方で、もっと多くの超高齢者が救急搬送されてきます。90代は当たり前、100歳を超える方も珍しくありません。動脈硬化進行は生理的な現象ですし、心臓も経年劣化してきますので、仕方ないです。

 

 

元々ほぼ寝たきりの人、認知症で自分が誰だかもわからない人、意思疎通困難な人、なども多いです。「命は貴重なもの」という考えのもと、上記のような方も含めた超高齢者に、医療スタッフの「時間」「労力」、そして「お金」が惜しみなく注ぎ込まれているのが現状です。

 

自分の親(超高齢であっても)に死が迫っていることが受け入れられない人、自分の親は永遠に生きていると思っているかのような人が大変多いです。日本では「死」がタブー視されている傾向があり、皆がそれについて深く考える機会がないように思います。なので、いざ「死」に直面すると、それが超高齢者であっても、家族は「とりあえず延命」という意見になります。

 

病棟のベッドが超高齢者で埋め尽くされ、若い患者を受け入れることが出来ない、という場面も生じます。そして、月100時間を超えるような医師の時間外労働も全然珍しくありません。治療限界のある超高齢者への惜しみない医療がそれらの遠因の1つになっていると僕は思います。

 

「生」とか「死」、「命」に対しての考え方や価値観、倫理的な事も絡んでくる問題であり、正解はありません。ただ、何らかの形で、医療スタッフの「いま抱えている仕事の「量」を減らす」「効率化」を考えなくてはいけない現状です。

 

一つ言えることは、「死」をもっと身近な存在と捉える文化を構築することです。

各家庭のお茶の間で、一家で「死」について気軽に話し合える環境、命には限界がある、人間は死亡率100%、と言ったことを笑顔で語り合える文化を作っていくことが必要と思います。命の有限性を認識すれば、より一層「生」の時間を大切にすることにもつながると思います。

 

以前も同様のことを言っていますね。例えば、

家族で「死」について話しあってくださいね!