おはようございます。布施淳です。

 

名指導者が名選手である必要はないのか?

プロ野球の野村元監督は名監督ですし、現役時代は名選手でした。しかし、例えば、今年日本ハムファイターズを日本一に導いた栗山監督は、現役時代プロ野球を代表する名選手であったかというと、そういうわけではありません。必ずしも、名監督が名選手である(であった)必要はありません。重要なことは「指導スキル」です。

ただ、「名監督が名選手である必要はない」というのはアスリートなど、プロフェッショナルを対象とした世界の中での話だと思います。

 

プロフェッショナルスキルか、汎用性スキルか

指導内容が、汎用性のある知識やスキルの場合は、指導者はその知識やスキルを十分に熟知し、そして実践できてほしいものです。例えば、中学校の数学の教師が、「数学」をよく知らなかったり、計算できなかったりするのは困ります。

 

 

「レジリエンス」の指導者ならレジリエントであって欲しい

現代を生きる上で重要といわれている「レジリエンス」。「レジリエンス」も当然、汎用的スキルであるべきです。この「レジリエンス」を指導するような講習の場合、指導者は自身の方法論を実践し、高い「レジリエンス」を有していてもらいたいものです。

 

とある組織が企画運営する「レジリエンス」の講習会が空中分解しています。いや、しかかっています。100%組織側、運営側に責任があります。組織としては「レジリエンス」を発揮しているとは到底思えません。かなり脆弱です苦笑。

 

チーム「レジリエンス」

普通なら完全に分解していることでしょう。しかし、その講習には、「レジリエンス」とその指導方法を学び、それを普及させようという志の受講生が集まっており、組織・運営サイドを支えるような「レジリエンス」を発揮しています。大変興味深い現象と感じました。「レジリエンス」の中に「リーチアウト力」なるスキルがあります。組織・運営側の「リーチアウト力」というよりも、意図せずリーチアウトしてもらっている印象です。

「リアルレジリエンス」を現在進行形で見ていて学びを見出す良き機会とポジティブに考えることもできます。組織・運営側と受講生ら一体となったチーム「レジリエンス」でこの逆境を乗り越えることができるか?

いや〜、レジリエンス大事です。