おはようございます(ハイタッチ!)。布施淳です。

 

先日、ある会で指導的立場にいる方に「人格を否定されること」(と自分は感じた)を言われました。

自分が作成したある文章をその方を含めた十数人の前でプレゼンした後の、そのプレゼンに対しての指導者の発言でした。合否が下される状況でしたので、当然、評価としても「不合格」でした(その指導者の独断で決まる)。

 

自分の本意が伝わった上での相手の発言なのか、本意がうまく伝わらない結果の発言なのかわかりません。まあ、世の中にはいろいろな考え方がありますし、いろいろな人がいますし、何が正解ということもありませんので、基本的にはどんな意見も許容するのが自分のスタンスです。

 

しかしながら、やっぱり、「人格否定」に対しては、ブルーな気分になります。何とも言えない「ネガティブ感情」が生まれます。

 

前回の記事の題名のごとく、「生じた思考や感情は「状況に応じて提供されたツール」」として、「ネガティブな感情を理解し識別することによって心身に無害なものに転換」を早速実践すべく、この「ネガティブ感情」は何なのだろうか、何に対するものなのだろうか、と自問自答しました。

 

① 人格否定という予想外の事象に対する戸惑い・驚き

② 不合格のレッテルに対する劣等感

③ 多数の面前での人格否定・不合格評価に対する羞恥心

④ 自分の意見を伝えきれなかった自分の文章力・プレゼン力の低さに対する落胆

⑤ 文書作成の準備不足に対する後悔

⑥ 自分の意見を理解してもらえなかった事実に対するもどかしさ

⑦ 相手の、指導者としての対応の未熟さに対する苛立ち

 

などが想起されました。このうちのどれと限定することは難しいですし、1つの感情ではなく、すべてが混在するような複雑な感情だったと思います。強いて言えば、比較的、強い感情としては、おそらく②と④だったように思います。それに対する根本的な対策は「文章の改善」ですから、この劣等感と、落胆をエネルギーにして、文章を作り直すパワーに変えたり、また、仲間のサポートを得るような展開にもつながりました。「ネガティブ感情」もやっぱり使い方しだいです。