こんにちは。布施淳です。

数日前に、小学生にタバコのポイ捨てを注意され、首を絞めた75歳男性が逮捕されました。

http://www.nikkansports.com/general/news/1619964.html

「注意され、腹が立った」そうです。

 

 

先日、とある駅で電車に乗った際、男性2人のもみ合い現場を目の当たりにしました。40歳前後の男性と70歳代後半ほどの男性の身体が、電車乗車時にぶつかりました。初めに40歳前後の方が70歳代後半の男性にケンカ腰に詰め寄りました。それに70歳代後半男性が応戦するという感じ。数分間言い合いが交わされましたが、幸い、もみ合い程度で収まり、暴力沙汰にはなりませんでした。

 

若年男性2人が一緒に酒を飲んでいたら、口論になり、ナイフで相手を刺す、という事件が身近にありました。命には別状はありませんでした。

 

 

3つの事例に共通するのは「怒り」です。

 

人は、なぜ「怒り」を感じてしまうのでしょうか。

 

自分は、通常時はあまり怒りません。でも、例えば仕事が忙しくて全く心の余裕がない時に、自分が意図しないことが生じたり、被ったりすると、思わず怒ってしまうことはあります。何かしらのストレスを抱えていると「怒り」の感情が表出しやすいです。

 

きっと、小学生に注意されて怒った75歳男性も、電車乗車時に 身体が当たって怒った40歳前後の男性も、口論で相手を刺してしまった若年男性も、それぞれに、相当なストレスが溜まっていたものと推測します。

 

先日、とある用事があり、自分としては珍しく朝の通勤電車に乗りました。ビジネスマンが大勢足早に闊歩するターミナル駅を歩きましたが、道行く多くのビジネスマンの表情は硬く、厳しく、眉間にシワが寄っているような、そんな光景でした。皆さん、ストレスを抱えているように見える表情でした。その時は思わず、スマイル党を応援したくなりました笑。

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皆それぞれの心配事や問題点、悩みを抱えています。そして心の余裕がなくなり、「怒り」やすくなります。

 

でも、心配事や問題点、悩みを生んでいる事象そのものがストレスを生んでいるのではありません。その事象をネガティブに捉える我々の「心」が、ストレスを生んでいるのです。ストレスの原因は自分の「心」です。その「心」を少し変えてあげるだけで、随分と展開は変わります。

 

例えば、学生時代を思い出しましょう。ある試験に向けて勉強をしている、でも勉強がさっぱりはかどらない。イライラする。そんな時は「怒り」やすいですよね。そんな時に「勉強しろ」とか言われると、カチンときます。でも、「イライラしても、事態は何も改善しないよ」と思い直したり、あるいは「試験に落ちても命が取られるわけじゃないよ」「試験なんて、宇宙的に見たら大したことないよ」とか、思ったりすれば、少し心穏やかになります。「怒り」を感じにくくなります。「勉強がはかどらない」という事実がストレスなのではありません。「勉強がはかどらない」ことを過度に悩んだり、心配したり、焦ったりする自分の「心」がストレスなだけです。

 

「怒り」が蔓延する世の中は、その閉塞感に起因するものでしょう。現状、そして未来への不安が「怒り」を生んでいます。個人個人で少しづつ変えていくこともできます。何でも、考えようです。ポジティブに、おおらかに、考えるだけで、「怒り」にくくなります。

 

「事態は深刻だからポジティブになんか考えられない!」という人もいるでしょう。そんな時は「口角挙上」をしてみましょう。「嬉しい、楽しい」→笑顔(口角挙上)というプロセスもありますが、「口角挙上」をして笑顔を作っていると楽しくなったり、嬉しくなったり、します。笑顔(口角挙上)→「嬉しい、楽しい」というプロセスもあります。作り笑顔が、ポジティブな心を生んだりします。

 

そんなこと、自分にもよく言い聞かせています。