おはようございます。布施淳です。

東京も先日、ようやく雪が降りました。案の定、雪かき中の狭心症症状の訴えや、心筋梗塞発症の患者が発生しました。まだまだ寒い日が続きますので、気をつけましょう。

 

外来で患者に、「体重減らすと、高血圧軽減が期待できますよ」「体重減らすと、糖尿病軽減が期待できますよ」「塩分控えると、高血圧軽減が期待できますよ」「食べ過ぎに注意しましょう」「良く歩きましょう、身体を動かしましょう」といった類の言葉をかけることが良くあります。

 

そして、そんな患者が、次の外来の時、体重が増えていたり、糖尿病や高血圧のコントロールが今一つであったりすると、こんな発言を耳にすることが良くあります。

 

「先生、すみません、食べ過ぎちゃいました」

「先生、すみません、運動サボリました」

「先生、すみません、体重増えちゃいました!」

 

 

なんで、「すみません」と謝って頂けちゃうのでしょうか。なんで、患者は医師に”謝る”のか、常々不思議に思います。言われて迷惑なことではないですが。。。むしろ、恐縮してしまいます。患者があたかも医師のために、言うことに従おうとしているかのようです。医師は、身体に良いと思われること、病気の予防や治療に良さそうな情報、上の例であれば、生活習慣の情報、を患者に提供します。それを実際に実践するか否かは、患者自身の問題です。実践するもしないも患者の意志次第です。それを実践しないことで、医師は迷惑を被るわけではありません。困る(可能性がある)のは、患者自身です。なので、医師は「すみません」と謝られる立場にないと思っています。

 

外来で医師が言った言葉、例えば、「体重減らしましょう」を”医師との約束”と捉えると、それを達成できなかった=約束を破った、即ち、悪いことをした、、、、ということで「すみません」と謝るのでしょうか。医師という専門家の貴重な意見をフイにした、という罪悪感でしょうか。適切なアドバイスにもかかわらず、それを実践できなかった自分の力不足を詫びているのでしょうか。「自責の人」と考えると、そのような患者は、きっと、いい人なんだと思います。

 

医師の表現も様々で、「体重を減らせ」とほぼ命令かのように強く言う医師もいますし、明確に「体重を減らすと約束しましょう」という医師もいます。でも、どのような表現を使おうとも、それを守らないことで、医師には迷惑は掛かりません。困るのは患者自身です。

 

その根底にあるのは、患者自身の「自分の身体への責任感の欠如」なのだと思います。「先生お願いします」「先生お任せします」といった言葉に代表されるように、病気は医者が治してくれる、病院が治してくれる、自分はまな板の上の鯉、、、、という考えの人が多いと感じています。基本的には、自分の身体や健康状態の主治医は、自分です。それをサポートするのが医師を始めとする医療従事者です。自分が勉強しなかったために成績が悪かったことを、教師や親に謝る子供、まだ自分にとって勉強が必要であるという責任感が育まれていない子供。これに類似しているかもしれません。以前も、このようなことに触れたことがあります。

 

関連記事:「医師を「先生」と呼ばない

 

 

一方で、医師も医師で問題があることがしばしばです。なぜ患者が「体重を減らす」という結果を達成できなかったのか?。医師というプロフェッショナルとして、なぜ、そこにうまく介入し、行動変容を促すことができなかったのか? という思いにもなります。先に「実践するもしないも患者の意志次第」と書きましたが、それは実は適切な表現ではありません。「気持ち」や「意志」だけでは、実践できないことは山のようにあります。実践できる仕組み作りが必要になります。クライアントのアウトカムを保証するのが、コンサルタントの力です。更に、医師の中には、「また、食べ過ぎて!!」と患者を叱ったり、怒ったりする医師もいます。それもちょっと違う気がします。クライアントの結果が出せていない、、、、むしろ、謝るのは医師の側です。

 

参考:「伝わっていない」のは伝えた(つもり)側の責任

 

患者は、「先生、すみません、食べ過ぎちゃいました」と言うよりは、

 

「不本意ながら、食べ過ぎてしまいました。食べ過ぎずに済む具体的な対応策のアドバイスを下さい」

 

という言葉が建設的かと思います。

 

医師は、

 

「すみません。あなたの行動変容を促すことができませんでした。今度は・・・・・」

 

といった感じで、患者が目的を達成できなかった原因究明とその新たな対策を講じる、ということです。

 

ということで、どっちもどっち。患者の立場、医師の立場、何れにしても、皆さんの外来ではいかがですか?