こんにちは。布施淳です。

ここ数日、人とのコミュニケーションに関する記事を書いてきました。そこで触れた、いい人症候群や、怒り恐怖症執着性格者のみならず、誰でも、真の思いを表出せずに、内に鬱積させてしまうと心身に不調を来すことがあり得るわけです。

 

誰でも、苦手な人、相性が悪い人がいるはずです。職場の同僚や上司、学校のクラスメート、夫婦、、、、、。そのような相手がいると、ストレスを感じ、そのストレスを内に鬱積させていませんか?。

 

それでは、そのような人間関係がクリアできたら、ストレスはなくなるのでしょうか。内に鬱積する思いはなくなるのでしょうか?

 

 

 

日本は、経済、インフラ、教育、健康長寿、治安など、外面的には世界最高レベルの国です。しかし内面的には、国民の幸福感は低く、主要先進国では最下位です。その理由が何なのか。どのような対策を講じれば良いのか、をこの本では語られています。

 

「幸せ」とは何だろうか。と思い、ネットで見かけて読んでみた本なのですが、思いの外、響く内容でした。世の中には学ぶべきことがたくさんありすぎます笑。

 

日本人の幸福感を抑制している要素は、いろいろあるわけですが、その代表的なものが「自由度の低さ」です。そして、その「自由度」を下げている要素の一つが、「見えない権威」です。

 

 

先生に「校則守れ!」と叱られる学生。親に「勉強しろ」と言われる子供。夫に「もっと綺麗に掃除しろ」と言われる妻。妻に「子育て手伝いなさいよ」と言われる夫。警察に「法律は守れ」と言われる市民。。。。コミュニケーションの相手、自分を抑圧する相手、が可視できます。これは「見える権威」とも言えます。

 

 

東大を卒業してプロ野球選手になりたかったけど、やめた。

大学卒業して就職しないで世界一周回りたかったけど、やめた。

漫画家、小説家、、、、になりたかったけど、やめた。

一流企業に入社したけど、すぐにやめたくなった。でもやめるのを、やめた。

離婚したかったけど、やめた。

 

 

我々が、何かをやろうと思う時、何かをしたいと思う時、それをやらずに踏みとどまることがあります。やりたいけれど、結局やらなかったこと。やりたいけれど、諦めたこと。何で、やめたのでしょうか?やめた理由は何でしょうか?

 

・普通じゃないから、常識的じゃないから、やめた。

・世間体がよくなさそうだから、やめた。

・空気を読んで、やめた。

・何となく、雰囲気で、やめた。

 

この「常識」「世間体」「空気」といったものが、「見えない権威」です。

 

 

 

国民の常識に合わせる。平均的な振る舞いに止める。常識的に生きる。とりあえず、周りに合わせる。常識に合わせるということは、ある集団と同じ行動とるということであり、その集団へ同化する圧力がかかっているということです。本当は、別のことをやりたいのだけれど、その圧力により、断念している、これが日本の集団主義です。

勿論、社会には協調性が必要ではありますし、法的に、倫理的に正しいことをする必要があります。しかし、正しいことをしているのであれば、それが集団と合致していないことだけで非難されたり、確たる根拠のない同調圧力を受けたりすることに意味はありません。

 

このような、「見えない権威」を、自分自身でも作り出し、自分自身で行動を抑制している、自分自身で自分自身の自由度を下げているのが日本人です。自分で自分の自由度を下げ、ストレスを感じ、そのストレスを心の中に鬱積させ、心身不調に陥る、という人も少なくないでしょう。

 

常識や世間体も大切だが、人生でもっとも大切なのは、自分自身の内なる声である。」(抜粋)

 

 

例えば、堀江貴文氏は、このような考え方をまさに実践している人でしょう。異端児とか言われますが、不幸せな国・日本の集団主義的に言えば異端なだけで、実は異端でもなんでもないわけです。この本の著者目崎雅昭氏も、証券会社を退社後10年かけて100カ国以上の国を旅するなど、日本の集団主義的に異端、非常識な生き方をされている方のようです。日本で、日本人とともにずっと生活していると、完全にその社会や常識に染まってしまいがちです。その社会が、その常識が、正解とは限りません。この本は、「幸せ」という切り口で日本を俯瞰的に観察し、様々な意見提言をしてくれています。純日本人で、Mr.日本集団主義といっても良い自分のような人(笑)にとっては、思わぬ気づきを提供してくれます。是非ご一読下さい。