おはようございます。布施淳です。

昨日取り上げた本。この本には、かなりドキッとすることが書いてあります。

 

日本のサラリーマンは、失業者や生活保護者を批判するが、自分たちは本当に必要な仕事、つまり付加価値を有する仕事をやっているのか? 無駄なことや、他人や他部署の仕事を作り出すための仕事をしているだけではないだろうか?

 

こんなニュアンスのことが書かれています。即ち、自分たちも社内失業してないか、よく足元を見てみよう、、、ということです。そして、著者は「会社の多くは、価値を産み出す経済体ではなく、月30-50万の給与という名の年金を配る生活保護団体」と表現しています。これは、その社員本人が自覚している場合もあれば、意外と自覚していない場合も多いかもしれません。

 

医療現場も他人事ではありません。人不足と言われる医療現場にも、都心の大学病院や大病院などには中間管理職的な人はいるわけです。その中途半端な立場が、本質的には社内失業に近いケースもあるでしょう。そのまま中途半端にくすぶり続けている人。或いは、組織によっては本当に人不足な地方病院に飛ばされたりすることもあるでしょう。また、適当に教育分野の部門に飛ばされたり(布施個人としては教育を軽んじているわけではないですが、軽んじている医療の専門家・管理職は少なくない)。自分も全然他人事ではありません苦笑。

 

また、ここで言う「社内失業」とは少し違いますが、必要のない仕事も多々あります。例えば、必要性の乏しい検査を行い、ちょっと異常値が出たら、その分野の専門医に診療依頼をしたり。人間ドックもその範疇に入ってきます。まあ、そのちょっとした異常値の中にも稀にひどい病気が存在する人もいたりしますので、完全に「無駄」とは言えない場合もありますが、少なくとも効率的ではありません。「忙しい、忙しい」と言っている医療従事者も、「無駄」や「非効率的」な仕事に関わることが少なくないのも事実なのです。これまでも、そのような話題には何度か触れてきました。例えば、以下。

そのカテーテル治療は本当に必要ですか?

検査検査で負のスパイラル

患者の不平から感じる歪んだ医療

自分は「誇り」を持って仕事をしているのか?

 

自覚している、していないにかかわらず、「忙しい、忙しい」の、その「忙しさ」は必ずしも、本当に必要な仕事ではなかったり、付加価値のある仕事ではないということです。所属する病院の経営を助けるために、非効率的な仕事を作り出し、その報酬として月◯◯万円の”年金”を受け取る、、、というようなことは恐らくは多くの病院で、生じていることです。現在の医療制度上やむをえない、という意見もあるでしょうが。「忙しい」=「必要な仕事をしている」と思い込んでいる人も少なくないと思います。極端なケースでは、病院という仮面を被りながらも、実は病院自体が「価値を生み出す」組織になっていない場合もあります。

一方で、時には、患者からのニーズに応えるために、本当は必要な仕事ではないのに、止むを得ず施す業務もあったりします。患者にとっては「価値ある業務(のように感じる)」かもしれませんが、客観的にはそんなことはなく、しかも、多くが保険や税金で賄われる点がまた問題なわけです。

 

自分の仕事内容を、改めて考え直す良い機会と感じました。何となくルーチン業務に流される日々。

「自分たちは本当に必要な仕事、つまり付加価値を有する仕事をやっているのか? 無駄なことや、他人や他部署の仕事を作り出すための仕事をしているだけではないだろうか?」

この言葉を、思い出しながら日常業務に取り組みたいと思います。